純ジャパから見た海外・帰国子女から見た日本

正反対の二人が海外経験を通して得た出来事をお届け。

New Podcast
海外に住んで視点が変わって見えてきた世界

【SANO】まだ学ばないのか

先週またアメリカで乱射事件が発生した。

今回はカリフォルニア州のサンバーナーディーノという町で14名が亡くなった。

2012年の12月14日に起きたサンディフック小学校乱射事件発生依頼アメリカでは銃規制強化への声が強まっている。でもそれと同時に銃規制強化反対も声を上げて、よくニュースでディベートがされていたり、政治家たちが意見を述べている。

正直私自身日本やタイで育ちアメリカに車で乱射事件のことなんか考えたことがなかった。もちろん今も大学内に住んでおり全く怖い思いをしたことはない。だけれどやっぱり私が通っているような大学で乱射事件が起きたり、無差別に幼い子供を狙った事件のことをニュースで目にすると他人事とは思えなくなる。もしかして私の学校でも起こりうるかもしれない。

先週の金曜日に大学のオーケストラがちょっと早いクリスマスコンサートを行った。毎年クリスマスコンサートは大人気で大学外からの来客が多い。今年も相変わらずフルハウス。コンサートの途中で「もしもいま誰かが銃をもってここに入ってきて乱射し始めたら私は助かるのか」と考えてしまった。もちろんそんなことはないだろうが、やっぱりここまで多くのテロや乱射事件を耳にすると考えてしまう。

銃規制強化反対の人はよく銃は自己防衛のためだという。今アメリカで行われている2016年の大統領選挙立候補者のベン・カーソン医師とドナルド・トランプの二人は強化反対の声を上げている。今年の10月のあたまにオレゴン州の大学で乱射事件があったのだが、この後にあったカーソン医師のインタビューでは「私だったらガンマンに向かっていく。みんなで力を合わせれば倒せる。」と語っていた。それと同時にもし大学生が校内で銃を保持できていれば違った結果になってただろうとも言っていた。トランプ氏もフランスのテロ事件に関して「もしフランス人も銃を保持できていればここまで多くの犠牲者は出なかった」や、「もし私があの場にいて(パリとサンバーナーディーノ)銃を持っていれば、打ち返していた」とも語っている。

正直言いそうなことだなと思うが残念だ。これらの事件からなにも学んでいないみたいだから。銃があるから第一にこういった事件が起こる。もちろん規制を強化すればこういった事件が減るかもしれない。でももうすでに心の病を持った人や、銃に関しての教育をされていない人に銃という凶器が渡っている。これで今の銃規制を逆に弱めたらもっと多くの人の手に銃が渡るのは目に見えている。

もうすでにたくさん存在するものをゼロにするのは不可能に近い。でも政府がもっとちゃんと管理するべきだと私は思う。銃を購入するときにはちゃんとFBIを通して犯罪歴のチェックをすることや、何十時間かのトレーニングと講習を受けるとか、銃の値段をもっと高くするとか・・・規制を強化する面で出来ることはたくさんあると思う。

実際に銃を法的に所持してはいけない国、日本やオーストラリア、大半のヨーロッパの国では銃に関しての事件はほとんどない。これらの国がいい例だと思うのだが・・・残念なことに政治家のロジックは私のロジックとは違うようだ。

もしかしたらパリの人々が銃を保持していれば犠牲者の数はあそこまで多くならなかったのかもしれない。でも銃と言うものは人を一瞬にして犯罪者に変える。他の凶器、例えばナイフや包丁は自らが標的に向かって行かなくてはいけない。いわゆるダイレクトコンタクトがある凶器だ。それに比べて銃は遠く離れているところから引き金を引くだけ。このちょっとした違いが私達の判断を左右させることは実際に心理学の実験で証明されている。

日本語ではトロッコ問題という実験。主な質問は「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」というもの。ここで詳しくは書かないが、この実験では犠牲者の数を変えてみたり、自分がスイッチを押すのか、自分が司令して他の人がスイッチを押すのかなどいろんな視点から実験をしていた。

だから銃規制はままでいいのかと私は考えてしまう。

本当に多くの命が乱射事件によって亡くなっている。私はこういった乱射事件を起こす犯罪者もドメスティック・テロリストと呼ばれるべきだと思うのだがどうだろう?つい最近イスラムの授業でこの事についてペーパーを書いた。

果たして本当に銃は必要なのか・・・?深く考えさせられる問題だ。