純ジャパから見た海外・帰国子女から見た日本

正反対の二人が海外経験を通して得た出来事をお届け。

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【SANO】「学ぶ」ということ

気がつけば春休みももうすぐ終わってしまう。

ロンドン−オックスフォード−ケンブリッジの旅ももう終わってしまい、今はエジンバラの家でせっせと課題に向き合っている。

ロンドンについてもブログで是非書きたいと思っているのだが、今回はちょっとオックスフォードとケンブリッジに行って思ったことを書こうと思う。

ケンブリッジは以前も行ったことがあるのだが、オックスフォードは始めてだった。 オックスフォードは500年以上も前に設立された英語圏では一番古いといわれている大学。町を歩いていると肌で歴史を感じられた気がする。

丁度イースター休みだったので学生も少なく、町を歩いている人の大半が観光客。子連れも多く、もしかしたら子供の将来の大学を見に来ていたのかもしれない。

そんな大学の町をぶらぶらと歩いている時にフと「学ぶ」ということについて考えた。

勉強と学び。英語での「Study」と「Learn」。似ているようで違う気がするのは私だけだろうか。

私にとって「勉強」とは教科書や論文、課題に向き合い目の前にあるタスクをこなす事。Studyもそうだ。テストのために勉強したり、課題を終わらせるために勉強する。勉強にはクリアなゴールがある。例えば数学のテストで100点を取るために勉強する。行きたい大学に合格するために勉強する。すごく具体的な目標があり、目標を達成するまでの道も結構クリアだ。

でもそれに比べて「学び」とは終わりがなく、一生かけて成し遂げるもの。いや、たどり着くゴールがあるのかも分からないのが「学び」なのかもしれない。「学び」とは常に私達の周りにあり、生活の中で得るもの。見たもの、感じたこと、思ったことに対して疑問をいだきさらにその答えを自分なりに探そうとする。

以前ある授業でStudyとLearnの違いについて話し合った。私の中でこの2つはまさに「勉強」と「学び」と似たようなもの。Studyは勉強、Learnは学び。

もちろん両方とも若干重なっているところはある。勉強も確実に人の成長に繋がるが、学びなしでは成長もこうもない。

500年以上も続く大学内を歩いているとそれまでにどういった学生がそこで学んだのか、どういった発見、発明がそこでうまれたのか、なぜオックスフォードは今でも世界トップクラスの大学なのかといろいろと考えてしまう。

今回この旅で思ったことは一生学び続けていたいと再確認した。ずっと常に好奇心をもち、疑問を抱くことをやめずに生きていきたい。もちろんこれからも出来る限り大学や学校で授業をとり勉強もしたい。50歳になっても70歳になっても学び続けていたい。

日本の友人たちは3月末に卒業し、多くが最後の卒業式について話してくれた。私も後一ヶ月で大学を卒業するがこれは最後でなくただの5つ目の卒業式であって、これから先まだまだある卒業式の一つで有って欲しい。

今回の一人旅でたくさん自分と向き合う時間があった。私の人生が終わる時、なにが一番大切だったと思うだろうか。もちろん家族や友達がたくさんいた事。そして、80年から100年という長いようで短い人生の中でどれだけ多くのことを学んだかが大切だと思うのではないか。

オックスフォードの後はケンブリッジに行った。そのことはまた別の記事で書くことにしよう。